残念ながら、この「作業」の中には胸がグッと熱くなる様な感情が1番の敵になってしまいます。
淡々とした地道で面倒臭い事の繰り返しです。
感情・モチベーションはその面倒臭い「作業」を持続させる事のみに役立ちます。
僕は「せっかくの思いを否定するな」
とよく言われます。
こう言われた時は、
・あらら、場の空気読み損なったかな?
とか
・図星を突いちゃたかなとか
色々と考えます。
でも、それをよく後で考えてみると防犯とは関係ないポイントなんですよね。
「せっかくの思い」が「自分が否定された」とダブってしまうのか。人として相手に敬意を払う事と、現実として障害となる事を認識する行為が反する事とは思ってないんですが。
「生意気」と取られる事も在ります。
アプローチの方法が違ってるだけで本気には変わりないんですが、ここは大人として反省。
この「作業」を医学の歴史に見ると
中世の時代は
人目を避けて遺体を回収して解剖して身体の構造を研究していた時もありました。
傍目にはかなり怪しく見えます。
中には屍姦なんて趣味の人間もいますし。
宗教が今よりも強い力を持っていた時代に遺体を解剖して人体の構造を理解する事が後に人の命を救う事に繋がるなんて中々理解されなかったと思います。
天然痘の防止の歴史なんて人に箘を植えて軽く発病させて免疫力を人工的に付けさせる。
なんてのもありました。
天然痘は見た目の症状から「悪魔の仕業」と思われた時も在ったし致死率の高い病気ですから、
その箘をワザワザ植えるなんて予備知識がなければかなり非難される行為です。
ツバメの巣やトリィフを取ってる現場は高級料理からかなり掛け離れた絵ですよね。
防犯に関しては
「向かい合う相手の正体を知る」行為がずっとタブー視されています。
僕は時々考えます。
亡くなられた方々の無念さや、遺された方々の寂しさを後世に少しでも減らしたいと思った時。
最短距離で形に出来る
第一歩は
面倒臭さや、痛さや恐怖感みたいなネガティブな物に向き合う事なんじゃないかなぁ〜と。
年を取る程キツイ事ですよね。意外に。
そう言えば若い頃武道の師匠に言われました。
「先ず我慢」
忍(しのび)の初めは
忍(しのぶ)事。
まだ「入り口」にも立てないままオヤジになってる僕です。
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